カナダから日本に帰国して,初めてラボをもったのが1999年で,そんときはひときわ嬉しかった。中古の冷蔵庫がぽつんと2台あるのみで閑散としていたが,それはまぎれもなく,自分のラボであった。
そのときに旧北里研究所から要望のあった百日咳関連の研究をすることになった。しかもワクチンに直結するような研究をしなければならなかった。本来,ワクチン研究を行うためには,小動物を使用したパイロット試験が絶対的に必要であるが,旧研究所時代には,この枠組みを構築することができずに頓挫していた。しかし,北里学園と北里研究所が統合して「北里大学感染制御研究機構」が設置され,ようやくin vivo実験でワクチンの効果を試す枠組みができあがったのである。基礎と応用を結びつけるトランスレーショナルリサーチの枠組みが,10年かけてようやく構築されつつある。「統合」という大きな枠組みの改革は,私にとっては非常に有益な結果をもたらしてくれたと思っている。
ワクチン創製は難しいことではない。きちんと抗原デザインがうまくいって,それを大量に精製するスタッフがいて,それをin vivoで評価できるスタッフがいればうまくいくはずである。しかし,正直なところ,論文に繋がりにくい領域でもあり,抗原の精製からin vivo評価までは,私の研究室ではできない。スタッフが一人しか獲れない現状では,あまりにもリスキーすぎた。一方,ワクチンを実際に創っている連中にしてみれば,実際のin vivoでの評価がある程度なければ動けない,というスタンスであった。両者にらみ合いのまま互いの国境線を越えることもなく,長い沈黙が続いたが,「統合」という激変があって,壁や既得権が崩壊し,北里全体のなかで感染症に対する枠組みが再編成された。
今では何種類かの大量精製された抗原が,ラボのフリーザーのなかで,静かに眠っているのである。
もうじきこれらの抗原が,実際にワクチンとして使用可能なのかを本当に評価する日がやってきた。応用研究が基礎と並行して,動き出すことができたのは,北里で長い間やってこれた幸せだと思う。
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基礎研究やりたい,応用研究やりたい,しかし中間のトランスレーショナルリサーチはどうもなあというのが組織の中で10年続いたわけであるが,そこを解決してくれたのが,人材派遣の優秀なスペシャリストたちだ。半年足らずで私の要求に見事に応えてくれた。何とか,かたちになるまで,もう少しのところである。それには皆が「大丈夫だ」という想いを一つにする必要がある。それにはお互いを信じる力が必要だと思う。ということで私もプロジェクトのなかで,ちょっとだけバージョンアップしたかな。。。
もちろん,ありがとうを言うのは,ワクチンができてからの話だけれど,ワクチンプロジェクトの小さな一歩に感謝です。