2010-03-16

一体感

ここ2,3日,プライマー作製の日々が続きました。ああでもないこうでもないと試行錯誤して,やっと完成。プライマーデザインは,突き詰めて考える仕事だと思います。その他,学会関連で,たくさんの先生方とコンタクトをとって,エクセルの表(プログラム)をひたすら完成させるような作業も,ミスがないよう細心の注意を払って突き詰めて行く仕事だと思います。

最近気がついたのですが,突き詰めて行く作業の延長線上に,武道のような身体を使うものを,置いていたなと。。。ブラジリアン柔術のスパーリング中でも,なにか突き詰めて考えながら,手足を運んでいたと思いました。私は今まで,良く考えて,動いていました。そのため動きに隙ができてしまい,結局は思うように試合を展開できなかったと気がつきました。

スパーリング中は,できるだけ考えない。

こんな簡単なことに気がつくまで,随分,遠回りをしました。6年間です。考えないことで動きが楽になり,この技で仕留めるという確執もなく,むしろ相手との一体感を感じることができるようになりました。スパーリングでは,引き分けもありますが,大抵はどちらかが勝つことになります。しかし,心を無にして相手と向かい合うことで,勝敗を超えた何か大きな一体感を,少しだけ感じ取ることができました。それは私の到達しようとしている境地,「納得した負け」に近い感覚でした。

激しいスパーリングのなかで,心を無にして,これまで自分がつぎ込んできたものを信じ,全身で戦う。勝敗ではない,そこにはもっと純粋な交歓があると思います。

井上雄彦の「バガボンド」がもう少しで完結しますが,作者は武蔵,小次郎における「命の取り合い」をどのように表現するのでしょう。それは私の理想である「納得した負け」,「勝敗を越えた一体感」に近いものなのか,あるいは全く異なった次元のやりとりを描ききるのか,今から楽しみです。

無心の跳躍まで,まだまだです。。。