2011-05-16

O111 腸管出血性大腸菌について


今回,ユッケを喫食したことによる血清型 O111 腸管出血性大腸菌の感染例が確認された。多くの研究者が意外に感じたのは,O111による重症化であろう。感染者のうち15%近くが重症化しており,死亡者もだした。

私もニュースのインタビューに答えた。その時点(5月6日)では血清型O157とO111の病原性はどちらが高いのかについて,さらなる解析が必要であること,また,今回の事件では菌数が多かったことなどを可能性として述べるにとどまった。

Arch Intern Med. (2010, 170(18):1656-1663)に掲載された論文 ”Hemolytic Uremic Syndrome After an Escherichia coli O111 Outbreak” によると,2008年に米国オクラホマでおきたO111 腸管出血性大腸菌の感染事例では,341例の感染者(疑い例も含む)のなかでHUSに進展したケースは26例であった。この事例では性差は認められなかった(男性12例,女性14例)。HUS 26例の内訳は以下のとおりである。

年齢  発症例(%)
0-4          4 (15.4%) 
5-9          2 (7.7%) 
10-17     5 (19.2%) 
18-59     3 (11.5%) 
60          12 (46.2%) 

血清型O157の感染では5歳以下あるいは高齢者に発症するケースが多いのが特徴であるが,我が国と同様にオクラホマの感染例においても10-17歳においてHUS発症例が多かったことが挙げられる。ちなみに上記HUSの発症年齢の中央値は56.5歳であった。

これだけで結論づけるのは早計であるが,血清型O111はO157よりも幅広い年齢層にHUSを発症させる病原性を獲得しているのかもしれない。それを調べるためにはO157とO111のゲノム間の比較解析が必要となる。ゲノム比較解析で差異が認められれば,特定遺伝子について変異株作製,感染実験による比較解析へと研究が進展するであろう。腸管出血性大腸菌については適当な感染モデル系がなく難航しそうであるが,培養細胞を用いた感染系は利用可能である(限界があるが)。

1996年におきた我が国のEHECのアウトブレイクでは,多くの研究者が感染制御のために立ち上がった。私もその一人である。しかし結局のところ,我々は何をアウトプットしてきたのだろうか? 我々のグループではEHECの感染制御のために,Ⅲ型分泌装置阻害剤の研究を行ってきた。しかしながら実際のアプリケーションのレベルには達していない。10年研究を行ってきて,ここまでこれたが,一般の方々からは10年たって何をやっているのか?と思われるかもしれない。自分の選択肢は間違ってなかったと信じているが,血清型が変わっただけで,これまでの学問的蓄積が活かされない歯がゆさを感じている。