2016-10-04

大隅良典先生のノーベル賞受賞によせて 「自然免疫としてのオートファジー」

大隅良典先生の2016年ノーベル生理学・医学賞受賞に際して,お慶びを申し上げます。

オートファジーについては,今後,いろいろなところで取り上げられると思いますが,このブログではオートファジーによる細菌の排除機構について解説したいと思います。

1. オートファジーとは?
 オートファジーの「auto」はギリシャ語で「自己」を,そして「phagy」は「食べる」を意味しています。これまでオートファジーは,生体内におけるバルクな分解系として考えられてきました。たとえば,細胞が飢餓やストレス条件に曝されたときに,細胞質の大きな区画をオートファジーによって分解することで,それらをアミノ酸として再利用します。このような機能のほかに,アルツハイマーなどの神経変性疾患,がんの進展などにもオートファジーは関与しています。
 オートファジーは飢餓状態における自己成分のリサイクル系として,酵母の領域でその研究が進んできました。ノーベル賞を受賞された大隅先生は,オートファゴソーム形成に異常をきたす酵母変異株を作製しオートファジー(autophagy :ATG)遺伝子のクローニングに成功しました。現在では,35種類のATG遺伝子群(もう少し増えているかも)が出芽酵母で同定され,これら多くは哺乳類においても保存されています。

2. 細胞内寄生細菌とは?
 細菌のなかには,マクロファージのような食細胞に貪食されても細胞内で生存・増殖が可能なものが存在しており,細胞内寄生細菌と呼ばれています。たとえば,結核菌はマクロファージによって貪食されたあと,ファゴソームとリソソームの融合を阻害して,特殊な小胞 Mycobacterium-containing vacuole (MCV)を形成します。同じように細胞内寄生細菌のサルモネラも,細胞質のなかに特殊小胞 (Salmonella-containing vacuole: SCV) を形成します。最近の研究で感染細胞はオートファジーを利用することで,これら特殊小胞内で寄生している細菌を排除することが明らかになってきました。

3. オートファジーによる細胞内寄生細菌の排除機構
 細胞内寄生細菌にはグラム陽性菌と陰性菌の両者が存在します。宿主は生体内に侵入してきた細菌をどのように認識してオートファジーによる殺菌排除を行なっているのでしょうか? これについては少なくとも2つの経路が提唱されています。一つは細菌が作り出す特殊小胞膜の破綻を認識する経路で,もう一つは,菌体の構成成分をスペシフィックに認識する経路です。菌体成分を特異的に認識する機構は,サルモネラで解析が進んでいますが,ここでは膜破壊によるオートファジーの仕組みについて解説したいと思います(下図を参照下さい)。

4. 膜破壊によって誘導されるオートファジーの仕組み
 サルモネラは特殊小胞であるSCVのなかで増殖します。その後,SCVの膜構造を破壊し細胞質へ逃れることで,新たな増殖の場を確立しようとします。しかしその一方で,SCVの恒常性は宿主側に厳重に監視されているのです。SCVを構成している膜がサルモネラによって壊されると,オートファジーが速やかに誘導されます。
 SCV膜の堅牢性を監視するために働いている分子が,糖鎖結合タンパク質のガレクチン-8です。サルモネラは宿主細胞に侵入するときに,膜表面に存在している糖鎖を取り込んだかたちでSCVを形成します。サルモネラが増殖してSCV膜が破壊されると,内膜側に取り込まれていた糖鎖が細胞質に漏出します。細胞質に漏出した糖鎖にガレクチン-8とよばれる分子が結合します。この糖鎖-ガレクチン結合体に,アダプタータンパク質であるNDP52が結合することで,オートファジーの初期段階が誘導されます。

5. アダプタータンパク質による選択的オートファジー
 研究の当初,オートファジーの選択性は曖昧でしたが,現在では複数種のアダプタータンパク質がオートファジーの選択性に関与していることが明らかになっています。たとえば,サルモネラ感染では,NDP52がガレクチン-8と隔離膜上のLC3と結びつけるアダプターとして機能することで,SCVのまわりにオートファゴソームが形成されます。NDP52は,A群レンサ球菌,結核菌,赤痢菌,リステリアにおける選択的オートファジーにも関与しています。

6. おわりに
 病原体の侵襲による特殊小胞膜の破綻は,ガレクチン結合性のNDP52で感知していることが明らかになってきました。膜の破綻を認識するシステムは個々の細菌をいちいち認識する必要がないので,自然免疫としての普遍性が成り立ちます。その一方で,菌体の構成成分を認識してオートファジーが誘導される論文も出されており,膜の破綻を認識する以外に,いくつかのバックアップがあるようです。
 オートファジーによる細菌の排除機構については,拙著「もっとよくわかる! 感染症」(羊土社)で詳しく解説しております。興味がありましたらよろしくお願いします。

 自然免疫としてのオートファジー研究は,発展途上にあります。研究がはじまってまだ10年もたっていません。大隅先生のノーベル賞受賞によって,今後の研究が加速することを願っております。

オートファジーを介したサルモネラの殺菌排除。「もっとよくわかる!感染症」(羊土社)より改変引用。

「もっとよくわかる!感染症」(羊土社)は下記サイトで購入が可能です。