2013-10-20

細菌学の特別講義 (第五限目)

6. はじめに病原細菌ありき
 留学先での研究プロジェクトは,腸管病原性大腸菌の感染実験系を確立することであった。腸管病原性大腸菌と血清型O157に代表される腸管出血性大腸菌は,ともにIII型分泌装置と呼ばれる病原因子排出装置が下痢発症に関与していることが推察されていた。
 III型分泌装置は多くのグラム陰性病原菌において高度に保存されており,その分泌装置を介して菌体外に分泌されるタンパク質(エフェクター)は,多彩な性質を示すことが明らかになりつつあった。
 いくつかのグループで腸管病原性大腸菌の分泌装置とエフェクターの機能について研究が行われていたが,III型分泌装置と病原性の関連についてin vivoで証明したグループはなかった。
 その最大の理由として,ヒトに感染する腸管病原性大腸菌はマウスに感染せず,適当な動物実験系がないことがあげられた。そこでFinlayラボではウサギに感染する腸管病原性大腸菌を用いて,感染実験系を立ち上げることになった。腸管病原性大腸菌の欠損変異株を作製し,その欠損株をウサギに感染させた場合,下痢を発症しなければIII型分泌装置は下痢発症に関与することが証明される。
 もし,病原性に関与しないのであれば,ボスのグラント獲得にも影響することを意味していた。単純な実験であるが,感染実験をおこないIII型分泌装置が病原性に関わることを証明する必要があった。

7. ポスドクとしてのスタンス
 留学先では週に一度,ボスと1対1でのディスカッションをおこなっていた。カナダでの最初の実験をおこなうに当たり,どのような手法で欠損変異株を作製するのかについて,ボスに意見を聞いた。
 その時,ボスが言ったことは今でも覚えている。「アキオ,ポスドクというのは自分自身で,全ての研究計画を立ててやるものだ」と。ボスは感染実験系を確立してほしい。私に要求したのはこれだけで,あとは自分の好きなようにやって良いらしい。そして,実際にそうした。
 月に一度,ラボ全体のプログレスレポートがあったが,私の発表はしどろもどろで話の半分以上は伝わらなかったのではないかと思う。ミーティング後,ディスカッションも満足にできず落ち込んでいるときにボスが私の肩に手をおきながら,「君は英語の勉強をするためにここにきた訳じゃない。だからあんまり気にするな」と励ましてくれたのである。
 留学当初は何もかも慣れないことばかりで,毎日が苦痛であったが,このようなボスの一言は私にとって大きな励みになった。ポスドクのなかにはペースダウンしてカナダの生活をエンジョイするものもいたが,私は他のポスドクが休みを取る土曜日もラボにきて,英語が通じなくて遅れている部分を実験量でカバーした。
 また,ラボの菌株やプラスミドのデータベースを作製したり,コンピューターのトラブルをなおしたり,他のポスドクがやりたくないような雑用を引き受けて,「あいつは英語をまともに話せないけれども,馬鹿ではないらしい」ということをアピールしていった。
 いや,アピールという表現は正確ではなく,日頃,他のポスドクの足手まといになっていたので,私は自分なりのやりかたで彼ら彼女らに本当に恩返しをしたかった。
 海外で,欧米人としての流儀ではなく,日本人としての流儀で,ポスドクとして生きていくことは十分可能だと思う。