2015-02-08

ノロウイルスと生ガキの少しだけ真面目な話

 一般に,カキは英語でRの付かない月 (5月~8月) は食べてはいけないと言われますが,昔は輸送中の保冷状態も良くなくて,細菌性食中毒の危険があったのでしょうね。じゃあ冬場は安全かというと,ノロウイルスが猛威をふるうのもこの季節です。ノロウイルスを心配するのなら「夏場に食べたほうが良い」ことになります(下図参照)。

厚生労働省のHP:ノロウイルスを病原物質とする食中毒発生状況 (http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/kanren/yobou/121214-1.html)より,グラフ化

 ノロウイルスによる食中毒では,生ガキばかりが注目されておりますが,「仕出し弁当,宴会料理,バイキング」などによるものが,報告数全体の四割弱をしめております。カキによる食中毒事例は1割ぐらいです。

ノロウイルス食中毒(2011年現在), IASR, Vol. 32 p. 352-353: 201112月号より,グラフ化


 ノロウイルスはヒトを自然宿主としており,ヒト体内で増殖します。ヒトから排出されたウイルスは粒子は,下水から汚水処理場にたどり着きます。このときウイルスの一部は浄化処理施設をかいくぐり,河川から海に拡散されていきます。

 河川から流れ込んできた水のなかには,プランクトンの生育にとって必要なミネラル・栄養分が多く含まれております。河口付近で採れるカキは,プランクトンをたくさん食べて大きくなるので美味しいのです。その一方で,河口付近のカキはノロウイルスも体内に取り込んでしまいます。このウイルスはカキなどの二枚貝では増殖しませんが,ウイルス粒子はカキ体内で濃縮 (生物濃縮) され,再び感染源となるのです。

 よって,河口付近で採れるカキを「加熱調理用牡蠣」と指定している県もあります。一方,「生食用牡蠣」は,河口からはなれた清浄な海域で育てられたものです。「生食用牡蠣」は指定海域のほかに,大腸菌群数,腸炎ビブリオ最確数などの規格が食品衛生法で定められており,これらをクリアしたものが「生食用牡蠣」となるのです。その一方で,ノロウイルスに関する食品衛生法上の基準がないのも事実です。そこで,県や漁業組合,生産者が自主的にウイルス検査をおこなっているのが現状です。

 ノロウウイルス陽性の牡蠣は「加熱調理用牡蠣」に切り替えて出荷されます。つまり,「生食用牡蠣」と「加熱調理用牡蠣」は鮮度の違いで分けているのではなく,「指定海域」「食品衛生法による細菌の有無」「生産者によるノロウイルスの検査」などで仕分けされているのです。また,牡蠣個体を全部検査しているわけではないので,「生食用牡蠣」であってもノロウイルスが存在する可能性があります。

 さて,このウイルスに感染するとどうなるのでしょう。ウイルス潜伏期間は 24 ~ 48 時間で,主な症状は,吐き気,下痢,腹痛で,発熱は軽度 (37 ~ 38℃) の場合が多いです。症状が見られなくなったあとも,3 ~ 7日のあいだはウイルス粒子が糞便中に排出されるので,二次感染の危険があります。また,感染者の約半数は不顕性感染であるので,ウイルスをまき散らすスプレッダーになる場合もあります。

 少々専門的になりますが,このウイルスは血液型抗原 (histo-blood group antigen: HBGA) をレセプターとして,ヒト腸管上皮に結合します。興味深いことに,日本人の 20 ~ 25 %は,このHBGAを腸管上皮に発現していない「非分泌型」であることがわかっております。HBGA以外のレセプターの介在も示唆されているので楽観はできませんが,ノロウイルスに汚染された牡蠣をたくさん食べても,感染しにくいヒトがいるのも事実です。

 ちなみに,ヒトボランティアをもちいた NV/68 (初期ノロウイルス)の感染実験では,O型の血液型のヒトが感染しやすい傾向にあります。一方,B型のヒトは感染しにくい傾向にあります。しかしウイルスは絶えず進化しており,現在,世界で流行している GII.4 遺伝子型のノロウィルスは,B型のヒトにも感染することが知られております。詳細については,拙著「もっとよくわかる!感染症」で解説しております。

 残念ながらノロウイルスの増殖を抑えるような薬剤は,まだ開発されておりません。今のところ,腹痛を抑える痛み止め,整腸剤などを服用してじっとしているしかないです。。。

 少々長くなりましが,二次感染を防ぐためにも,手洗いはきちんとしましょう。