2013-10-12

細菌学の特別講義 (第一限目)

【プロローグ】

 当時の学生の大半がそうであったように,就職は活動して内定を得るものではなく,所属研究室の指導教官の推薦に依存しているところが大きかった。 学生時代に所属していた研究室の指導教官は大村智先生で,当時,北里研究所の副所長を兼任されていた。私は大村先生の推薦で北里研究所を受けることになった。面接試験の会場で理事から,「現在,興味のあることは何ですか」との質問があり,研究のことについて一気にまくしたてたが,彼が聞きたかったのは趣味とか時事問題とかそういった事項についてであった。それでも何とか面接試験にパスして,日本の細菌学発祥の地,北里研究所で修士卒の研究者として働くことになった。

 北里研究所はワクチンも製造しており,最初に与えられたテーマは,酵母を宿主とする発現ベクターの開発であった。 細胞内で自己複製が可能な環状のDNAはプラスミドと呼ばれており,そのなかでも外来タンパク質の産生に特化したものは,発現ベクターと定義されている。私の研究テーマをもう少し詳しく説明すると,酵母内でB型肝炎ウイルスの表面抗原の産生を可能とする発現ベクターの開発であった。 当時,B型肝炎ワクチンの製造は,肝炎に感染した患者血漿からウイルスの表面抗原を精製して製造していた。大量調製が困難であることと,バイオハザードの問題から,多くの企業が肝炎ワクチン製造の新たな基盤技術の確立にしのぎを削っていた。

 酵母は高等真核細胞と多くの点で共通しており,宿主細胞内で修飾を受けるウイルス表面抗原などの大量精製に適していた。発現ベクターは外来遺伝子を効率よく発現させるために,プロモーターと呼ばれるRNAポリメラーゼの結合領域に改良を加えたり,mRNAの安定性を保つような工夫がなされている。私はmRNAの安定性に影響を及ぼす3’末端生成の仕組みについて,興味を持つようになった。高等真核生物や酵母では長い前駆体RNAが合成されたあとに3’末端側の特異的な部位で切断され,切断部位にポリAが付加されることでmRNAの3’末端が生成する。酵母においてRNA切断とその後に起きるポリA付加に必要な配列は26塩基内に存在することを見いだし,深沢俊夫先生(現慶應大学医学部名誉教授)のご指導のもとで,EMBO Journalという雑誌に投稿した。これら一連の研究で博士号を取得したが,研究者人生が順風満帆であったのなら,今回の 「細菌学の特別講義」はなかったと思う。

 少々前書きが長くなったが,ここ十数年の間に細菌学におけるパラダイムシフトが起きたことは,事実である。パラダイムシフトの中心にあったのは,III型分泌装置とそれによって宿主に移行するエフェクターの発見である(少々断定的ですがご勘弁を)。この特殊な分泌装置の発見は,研究領域にも大きな影響を与えながら病原因子論の根幹を塗りかえていった。赤痢菌やサルモネラの宿主細胞への侵入機構は長らく不明であったが,ここ十数年のエフェクター研究の進展により解明された。私の研究もこのようなパラダイムシフトの波に呑まれながら,なんとか波間を漂っているのが現状である。

 これから解説していく「細菌学の特別講義」では,細菌学の歴史について論ずるつもりはない。ここ十数年の間に起きた病原因子論の大きな移り変わりのなかで,細菌学者は何を掴むことができたのかを,いくつかの連載にわけて紡いでいきたいと思う。たまたま私は,細菌学のパラダイムシフトがおきる直前にこの領域に足を踏み入れ,留学時代には分子細胞生物学的な手法で感染現象を解明していくアプローチの重要性を痛感した。

 極めて個人的な視点から,細菌学の領域で何が起きたのかを,少し時間を遡って時系列的に述べていきたい。(二限目に続く)

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注記:関東化学に掲載されたものに加筆訂正しました。

2013-10-11

Singapore International Pre-Graduate Award (SIPGA)

ご無沙汰しております。

Singapore International Pre-Graduate Awardというのがあって,M2の西村君が応募したら,見事,短期留学につくことができました。

昨年の暮れにこの話を聞いた時,応募してみれば〜,ぐらいの軽い気持ちで了承したのですが,無事にパスしました。

このプログラムは主に修士学生を対象にしておりシンガポールの一流研究機関で研究をおこなうことで,いろんなことを学ぶというものです。

また留学先から,給与みたいなものが支給されるので,観光ビザではなく就労ビザを取得する必要がありました。宿泊先の選定とか,そういったものを急いでそろえて,今ごろは成田空港でドキドキしているはずです。

修士2年の重要な時ですが,彼の人生にとっては,もっと大きな賭けかもしれません。それに,何が重要で何が重要でないかは,長い目で見た時に,大きく変わります。

3ヶ月後にいろんなみやげ話をもってくるでしょう。

体調に気をつけて,頑張ってくださいね。


Why join the navy if you can be a pirate?



2013-09-04

いまどきの不織布ポスターはすごいです

急遽,ポスターをつくることになりました。

これまではA4に印刷して,それをペタペタと並べていたのですが,さすがに,このような職人技でプレゼンする方は少なくなりました。それに,画鋲で何枚もとめるのは時間がかかります。

そこでポスターをアクセア田町店で外注しました。

ポスターはA0とよばれる一般的な学会会場でみられるサイズです。

はじめに,イラストレーターでA0サイズに用紙設定してから作業を進めました。ただし,動作が非常に遅くなる場合があります。そんなときは,一度アプリを終了させてメモリー解放すると,サクサク動くようになります。

最後は,全選択して「書式メニュー>アウトラインの作成」で,フォントをアウトライン化します。これによりフォントは画像として扱われるようになります。出力センターの機種(フォント)に依存せずに打ち出しが可能となります。

紙媒体のポスターを,バズーカ砲みたいな筒にいれて運ぶのは大変だなと思っていました。一方,不織布ポスターは,解像度が悪いという印象がありました。

今回,アクセアさんのプリントアウトを確認して,これはイケると思いました↓ しかも1時間ちょっとでポスター受け取りが可能なので,ぎりぎりまで作らない僕にとっては,このへんもありがたいです。。。

今後は,不織布ポスターで発表したいと思います。

紙媒体とほぼ同じ解像度です。ゲルのバンドも綺麗!

2013-09-01

8月の終わり

気がつけば,8月も終わりですね。

パラオでの夏休み,若手コロッセウムのあとは,宿題がたまりにたまった子供のように,ラボに篭っています。いま手がけている参考書も,いよいよ佳境に達してきました。

どんな参考書にしようか? それよりも,僕がかけるのか。書けなかったら,どうしようか。。。

散々,迷った挙句,僕は書くという決断をしました。そして,書くのなら自分なりに納得できるコンテンツにしたいと思いました。これから校正がありますが,もうちょっとです。その内容は,しかるべき時に発表したいと思います。

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とは言いつつも,僕なりに夏の終わりを楽しみながら,過ごしていました。 花火を見に行ったり,ジムにいって柔術で汗を流したり,贅沢な時間を過ごしました。

そういえば,僕の通っているジムが新しくなります。

CARPE DIEM BRAZILIAN JIU-JITSU

Carpe Diem とは「今を生きよ!」という意味です。

過去でもなく,明日でもなく,今のこの瞬間を生きるのです。

呼吸が浅くなった時に,この言葉を思い出したいと思います。

あ,もう9月になってしまいました。

これからもよろしくお願いします。




2013-08-13

僕も若手コロッセウムのことをまじめに考えてみた



若手コロッセウムから,無事,生還しました。

どのような会であったのかは,発起人である堀口センセのブログを,ご覧ください。連動企画というわけで,僕もこの会の将来性について考えてみました。

その前にエピソードを一つ。
僕が第二回を担当したときのメール内容です。

以下メール内容 (原文ママ)
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第2回の「細菌学・若手コロッセウム」が下記日時で開催されます。 是非ともご参加くださるようお願いいたします。

私は細菌学会に所属しておりますが,この学会で育った若手研究者が,他学会の若手研究者とどう勝負するのか,激しくぶつけてみたいと思います。もちろん,負けてもかまいません。ひるまない,という姿勢が重要だと思います。

他領域からの素朴な疑問。究極的には,「そんなことをして何が分かるのか?」「何が知りたいのか?」,という問いかけは重要だと思います。異分野の研究者がお互いにノーガードで戦うことによって,闘いの果てに見えてくるものがあるはずです。

「若手コロッセウム」という命名は,大阪大学の堀口安彦先生です。「若手ピグマリオン」のほうがマイルドでいいんじゃないかと,私は提案しましたが,「これでいくんじゃ」と本人の意気込みがひしひしと伝わってきました。ということで,真剣勝負,「若手コロッセウム」という命名は,強い若手研究者を育成していくというあらわれが感じられ,これで良かったと思います。

湘南国際村のまわりに何もありません。いったん入ったら抜け出すことは困難です(笑)。皆でリトリートし,3日間をサイエンスの話のみで燃焼しませんか。

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ということで,今後は「細菌学・若手コロッセウム」の広報活動を展開していきたいと思います。もちろん,細菌学会以外にも積極的に広報活動していきたいと思います。早速,帯広畜産大学の嘉糠さん(現慈恵医科大学)から,「俺たちはノーガードで行くぜ」というメールを頂き,「異分野の研究者がお互いにノーガードで戦う」というルール?を急遽作成しました。

「プライドを賭けて」とかよく使われますが,そういったものは,所詮,くだらない見栄であったり,自分が弱いためのガードであったり,弱さを隠すための防御反応であったりしますが,己の研究領域を曝け出し,それをお互いに尊重し合うようなリトリートにしていきたいと思います。
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というようなメールでした。なつかしいです。
2008年のときの自分は,明らかに突破力がありましたね。

この会は発足の以来,「細菌(カビふくむ)にたずさわるものなら所属学会は問わない」という不問律があります。細菌学会の支援下にありながら,少しだけ距離をおいたかたちで運営されてきました。

しかし,公のスポンサーをつけてこの会を安定させるためには「きちんとした母体を表明する必要性」もありました。この意見は,ワーキンググループのメンバーであった丸山史人先生から強く出されました。

当時,細菌学会の理事であった僕は,細菌学会HPに「若手研究者育成のための支援プログラムについて」という項目で,取り付けました。

そのときは「丸山君,面倒くせーな」ぐらいにしか思っていなかったのですが,実際に「若手の参加費・交通費」(八王子のとき)が,全てロハになったときには驚きました。

ワーキンググループは,僕が考えていたより会のことを熟知しており,またその運営もずば抜けていたのです。なので,この会に出席する必要はなくなったと思いました。

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今回は,桑江准教授が「研究に集中したい!」ということで,そう重くもない腰を持ち上げたのです。修士の学生さん2名に,行ってこい! で送り出すのは,指導者的に問題アリかと思ったのです。

2年ぶりにこの会に出席したのですが,すごく洗練されていましたね。他学会の若手もこの会に十分に馴染んでいたのが,印象的でした。
女性の参加者も多く,細菌学会ではありえない光景でした。もちろん,内容もマンネリ化することもなく新鮮でした。

この光景を,細菌学会の理事の先生にも,伝えたいと思いました。細菌学会には将来計画委員会があるのですが,若手コロッセウムから学ぶべきところは,たくさんあるはずです。

細菌学会のワークショップ規定では,発表者が「会員であること」の条件が必要であったりします(たぶん)。学会は会員会費でなりたっているので,基本原則だと思います。

しかし,たとえば,若手をエンカレッジするようなワークショップに限っては「他学会との融合プログラム」と称し,あまり会員というキマリに縛られないプログラム立案も可能ではないかと思います。

今の細菌学若手コロッセウムは,ほんとうに充実しております。そういった楽しさを,母体にいる若手会員にも知ってほしいと思います。

そこを有機的に繋いでいく接点は,ワークショップにあると思います。

細菌学会の将来は,すでに若手コロッセウムで,開花しているのです。

前田さん,西村君

楽しかった3日間でした。

若手コロッセウムのFacebookはコチラです。
近日中にその激闘ぶりが,公開されるでしょう。

2013-08-05

若手コロッセウム

もうすぐ若手コロッセウム@広島です。

この会がどのようにしてできたのかは,ココに書いたとおりです。

この会の大きな特色は,日本細菌学会の支援を受けていながら,細菌学会会員以外の参加者・発表者も受け入れていることです。この独立性が,若手コロッセウムの大きな特色であると思います。

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僕のラボにきた学生さんは,基本的にこの会に参加してもらいます。修士1年は聴講のみでOKですが,修士2年からは発表してもらいます。

今回は前田さんと西村君が出席します。僕は引率というかたちで出席です。この会には思い入れがありますので,久々に参加できるのは,とても嬉しいです。

学生さんは,せっかくの大部屋ですから,思う存分ディスカッションして,刺激を味わってほしいです。

そして,発表者の西村君(M2)は,細菌学会での重要な一歩ですから,がつんときめて下さい。何事も最初が肝心です。

良いプレゼンは,次の良いプレゼンに繋がっていきます。

発表のない前田さんは,その代わりに質問してください。

今回は,群馬大学の富田先生のところへ就職した久留島君も参加です。

そして,僕の相部屋は,堀口先生です。このへんは,定番ですね。


2013-08-03

パラオ

 娘がサカナと一緒に泳ぎたい! というので,パラオで夏季休暇を過ごしました。

夕日がとても綺麗でした。

第一次大戦後のパリ講和会議によって,パラオは日本の委任統治領となった時代があります。やがてABCD包囲網によって,日本に対する経済制裁が長期化し,1941年8月に石油の輸入が完全に途絶えます。
 日本は豊富な石油資源をもとめて,南洋の島々(オランダの植民地であった)へ活路を見出そうとします。その結果,間違った選択として,第二次世界大戦がはじまります。南国の楽園にしか見えないパラオも,日本の要衝として激戦地となりました。

 マングローブでおおわれた海岸のちかくに,旧日本軍の水上戦闘機をみることができました。海面下にある機体の損傷は激しいのですが,プロペラ部分はいまでも錆びつかず輝いていたのが,印象的でした。

旧日本軍が水上戦闘機の格納庫としていた天然の洞窟

 パラオ滞在中に「海賊とよばれた男」を読破しました。百田尚樹さんの著書です。読み応えがありました。
 「日本が石油の完全禁輸状態に対して,石油資源をいかに確保するのか?」という流れで,第二次世界大戦を俯瞰したドキュメンタリー小説です。また,この本にでてくる主人公は,出光興産の創業者・出光佐三をモデルにしております。戦後の厳しい制裁のなかで,今度はどのように「平和的に」石油を確保していくのかについて,出光佐三の選択がダイナミックに描かれています。こんな日本人がいたのかと,驚きました。まさに,男のなかの男です。

 さて,話はパラオにもどります。パラオの人たちはとても温厚で,リラックスした休暇をおくることができました。僕は,本を読んで,日記を書き続け,宿題の原稿をこなし,ほとんどインターネットにたよることなく過ごしました。
 娘のほうはプールとシュノーケリング三昧の日々を過ごしました。僕は,毎日,地元のレッドルースターというビールを飲んでいたのですが,帰国した時には,体脂肪が10%から8.6%になっていました。シュノーケルとフィンをつけた娘になかなか追いつけなくて,日々の終わりはいつもグッタリでした。無駄な脂肪も一気におちた休暇となりました。

 あっというまに8月ですが,充電完了です。
 
 さあこれから,また一踏ん張りします!


スコール。だれもいないプールで,ひたすら泳ぎまわる娘。

シュノーケリング!