2017-02-24

鳥インフルエンザが「種の壁」を越えるとき

 現在,中国において鳥インフルエンザウイルス(H7N9)による感染者が急増しております。今のところヒトからヒトへの感染は報告されておりません。鳥インフルエンザウイルスがヒトにおいても効率よく増殖するためには種の壁をこえる必要があります。なので,今のところパンデミックにはなりえません。


1) 種の壁を越える
 病原体の多くは,感染宿主の体温に適応しております。たとえばヒトに病原性を発揮する腸管病原性大腸菌は,ヒトの腸管温度(37℃)で病原遺伝子が発現されます。細菌に比べてはるかに遺伝情報が少ないウイルスも同様に,宿主の体温に適応しております。鳥インフルエンザウイルスは水鳥の腸管温度である41℃ (水鳥はヒトよりも体温高いです)でウイルス増殖が効率よく起きるようセットされています。一方,ヒトインフルエンザウイルスはヒト上気道の体温(33℃)で効率よく増殖します。気道は空気の流れがあるために,通常のヒト体温より3-4℃低いです。鳥インフルエンザウイルスは33℃という環境には適応していないので,ヒトへの感染は稀であります。
 鳥インフルエンザが「種の壁を越える」ためには,我々の上気道の温度に適応する必要があります。これまでの研究で,ウイルスRNAポリメラーゼに変異が入ることで哺乳類の上気道温度で増殖しやすくなることが明らかになっています。
 種の壁を越える能力(変異)をもった鳥インフルエンザウイルスは,ヒトからヒトへに効率よく感染するので,新型インフルエンザと成り得るのです。また,我々の多くは新型インフルエンザウイルスに対する免疫をもたないために,世界的な大流行となることが予想されています。

2) 宿主特異性のカギをにぎる受容体
 インフルエンザウイルスはウイルス表面に発現しているヘマグルチニン(HA)とよばれるタンパク質が,宿主の細胞表面に発現している糖鎖を受容体として付着します。もう少し詳しく述べると,HAはシアル酸を末端にもつ糖鎖を特異的に認識します。また,HAとヒトの糖鎖(受容体)における結合の強さは,シアル酸と結合しているガラクトースの結合様式に大きく左右されることがわかっております。
 鳥インフルエンザウイルスのHAは,シアル酸とガラクトースが α2-3 結合したもの (SAα2,3Gal) を認識して結合します。これに対して,ヒトインフルエンザウイルスのHAは,SAα2,6Gal を認識します。鳥インフルエンザウイルスの自然宿主であるカモの腸管上皮細胞は SA2,3Gal を高率で発現しており,一方,ヒト上気道の細胞は SAα2,6Gal が多く発現しております。このようにインフルエンザウイルスの宿主特異性については,「宿主の体温」ならびに「HAが結合する受容体の違い」から説明することが可能です。

3) 鳥インフルエンザウイルスに濃厚に暴露されたときに起きること
 ヒトは鳥インフルエンザウイルスの受容体がないのにも関わらず,何故,感染するのでしょうか? 実は,その後の研究で,ヒトの下気道(細気管支管や肺胞)にはヒトインフルエンザウイルスHAの受容体 (SAα2,6Gal) だけではなく,鳥インフルエンザウイルスHAの受容体である SAα2,3Gal も発現していることが明らかになったのです。
 鳥インフルエンザウイルスは重篤な下気道感染を起こしますが,これは本ウイルスの受容体が組織の深部でしか発現していないことに起因していたのです。濃厚なウイルスに暴露されると下気道までウイルスが到達してしまい,SAα2,3Gal を受容体として肺胞にダメージを与えるために重篤化しやいのです。

 現段階では,鳥インフルエンザウイルスは「ヒト-ヒト伝播」を引き起こしておりませんが,今後も警戒する必要はあります。

 詳しくは拙著「もっとよくわかる!感染症」をご覧ください。

「もっとよくわかる!感染症(羊土社)」より改変引用