13. ポスドクDの名誉のために
ここで登場するポスドクDはいい加減な奴にしかみえないと思う。
Dと一緒にクラブにいくと必ずウオッカのコーラ割りを注文していたが,彼の行動はとても大胆であった。カウンターにいる店員の前で,出された飲み物をすばやく一口すすって「もう少しウオッカを足してくれ」と言うのである。ほとんどの場合は,うまくいいった。しかし,僕に出された飲み物でもDは同じことをするので,かなり濃い目のウオッカコーラで酔ったのを思えている。
ここからは,Dの名誉のために,彼の話を少しだけしてみよう。
彼の研究に賭ける執念は私より上であったと思う。
当初,Dはボルチモアにあるビッグラボにポスドクとしてアプライするが断られてしまう。普通なら諦めるところであるが,彼はなんと隣のラボのポスドクにアプライして,ポジションを獲得したのである。
昼間はラボのメインプロジェクトをおこない,夕方からは行きたかったビッグラボの研究テーマを遂行した。彼は夜遅くまで研究をおこない,夜遅くまで飲んで,しかし誰よりもはやくラボについて,実験をした。
そのような日々が何年か続いた後,彼は大発見をして,ビッグラボのボスにもようやく認められ,念願のラボに入ることができたのである。
Dのすごいところは,ダメでも隣のラボまではいってやろうという執念である。沼地にいるような研究生活を送り,最後に,固い岩の上に立つことができたDは,すごいと思った。
現在,彼はPIとして独立ラボを構えている。ボルチモアでの研究生活は散々であったが,彼との出会いは,私の記憶のなかに強烈に焼き付いている。